Noh Jesuストーリー
2008年12月の「nature(ナチュール)」に
2弊社代表のNoh Jesu(ノ・ジェス)の取材記事が掲載されました。
2 ここではそのインタビューの一部をご紹介しています。
究極の絶望から究極の希望へ 地球環境は変えられる。
剣が大好きだった子供時代
ではまずノ・ジェスさんの子供のころの話から伺えますか?
ジェスp>
はい、よく皆さんから、小さい頃はどういう子だったんですか、という質問を受けまして。
自分の小さい頃を考えるときに一番不思議だなと思うのが、本当に剣が大好きな子供だったんですよ。チャンバラもよくやって、自分より 1 、 2 歳上の人たちともやって勝ったりして。とにかく剣がとても好きだったんです。それで、今でも覚えてるんですけど、 5 、 6 歳の頃、夢の中でピストルを作った人を憎らしく思う、そんな夢を何度も見たんですよね。剣だったら僕は世界トップになれるのに、なんでピストルなんて作ったんだ・・って。それが印象としてすごく一番残っていることですね。そんなことからも、私はかなり剣の世界とつながりが深くあったのではないかな、と思うところがありますね。あとはね、誰からも教えてもらったことないのに、自分で兜(かぶと)を新聞紙で作って、それをかぶってチャンバラをやっていたんですよ(笑)。まあ、それは遊びなんですけどね。私が今こうして日本で活動していること、日本とこうしてつながりがあることは、やっばり日本とは何か縁があるんだと強く感じていますね。
ーそうですよね。
ジェス
剣は、中国の剣もあるし、韓国の剣もあるし、日本の剣もありますが、日本の剣は本当にシンプルですね。摺(す)り足の剣で。
ー日本の剣のイメージですか。p>
ジェス
そうです。あと、子供の頃、まず先に自分が何かを研究して、それについて友達に質問するんです。それで答えが出ない場合、それをみて喜ぶような、そんな感じでしたね(笑)。最後には答えを教えてあげるんですけど。
ーへえ(笑)
ジェス
今ちょっと思い出したんですが、小学校 3 、 4 年のとき、たとえば 35 × 35 の計算をする場合、 1225 とかね、すぐにその答えができてしまったんですよ。方法がわかっていたから。実はルールがあるんですよ。
ー日本人ではそれができる人は、そろばんをやってる人ですよね。
ジェス
はい。そうういうことをよく研究して、他の人たちに質問して。
ーそのルールは自分で?
ジェス
そうですよ。それが楽しくてね。
ーええっー
「光の秘密を知りたいと」いう想いを持ち続けていた
ジェス
なんでも疑問を持っていた子供で、大人たちによく質問してましたね。たとえば「なぜ人間の目と耳はふたつで、鼻と口はひとつなのか」「なぜ指は5 本なのか」とか。特に光に興味を持っていて、「一体光はどこから来て、どんなメカニズムで走って、最後はどうなるんだろう」と。光の秘密を知りたい、という想いはずっと持ち続けていました。学生時代に呼吸法をするようになったのも、もしかしたら光の秘密がわかるかもしれない、と期待があったからなんです。だから今考えると、そんな感じで小さいときは面白い子供だったなと。小学校時代は先生にとても可愛いがってもらいましたね。そのお陰で勉強が楽しくなったんです。授業の前に予習をするようになって、授業中は先生の話をとても集中して聞いて、ちょっとでも疑問が出たらすぐ手をあげて質問したりして。
ーそうですか。成績もよかったんですか?
ジェスp>
ええ、いろんな大会で優勝したりして。小学校、中学校と田舎の学校だったから、田舎のレべルですけど、学校ではいつもトップレべルで。生徒会長もやっていました。私はもともとすごく色白で、体が柔らかかったんです。それを見た母に「男の子がこんなに弱々しくて、女みたいになったらだめよ。武術をやりなさい。」と言われて、小学校 5 年のときから武術道場に通い始めて、それから 20 年くらいの間ずっとやり続けていたんです。はじめにやったのは、テコンドーですね。
ーはい、テコンドーですね。
会社経営を辞めて一身発起、憧れの国日本へ
ジェスp>
私が武術を教えた生徒の中で、太極拳をやっていた生徒が全国で 2 位になったんです。それがあって、地域の人たちからも応援されるようになって、武術道場もかなり大きくなったんですよ。
ー武術道場を経営していたんですか?
ジェスp>
はい。教育関連の会社も経営していました。 80 人くらい社員を抱えていて。
ーじゃあ会社と同時経営ですか。
ジェスp>
そうです。多いときは生徒が 200 人くらいで。
ーで、何がきっかけでやめてしまったのですか?
ジェス
80 人の社員たちの人生がかかっていますし、それと、会社のソウル本社の社長との関係とか、商品の生産にも問題があって、このままじゃ駄目だと思って。それで、武術道場は後輩に譲って、ビジネス一本で勝負しようと思ったんです。でもそうなるとお金儲けにどんどん走って、「生きるとは何なのか」「人間とは何なのか」の整理整頓もできない。毎日毎日忙しくて、 1 日 3 時間くらいしか寝ないであとはずっと働いている、そんな状態で … 。このままではまずいなと思ったんです。だから、会社の方は親族に任せて、日本で静かに暮らしながら本一冊でも書こうと思って、 1995 年に福岡に来たんです。小さい時から日本への憧れが強くあったので、もっと日本のことを知りたいという想いもありました。
ー 13 年前ですね。
ジェス
はい。それで、日本に来てから韓国の本社が倒産してしまいましてね。会社を任せていた親族が、その倒産の整理をちゃんとできなくて、結局私の財産も母の財産も全部なくなってしまったんです。
― ええー!
生きることも死ぬこともできない、どん底の絶望の中で聞こえた声
ジェス
それからは本当に地獄でね。名誉も財産も人間関係も全部なくなって。毎日のように夫婦喧嘩して、結果的に離婚になってしまい … 。私は日本語をまったく学んでなかったから、ぜんぜんしゃべれないし、お金もないし、韓国に戻ることもできない。韓国にいる母のことがとても心配で心配で、気が狂いそうで。その時はもう人間として生きる道がなかったんですよ、本当に。もう針の上に立った状態。石ころだったらどんなに幸せだろう、人間だからこんなに苦しいんだ、と思ったりもしました。道端の雑草さえも幸せに見えましたね。もう毎日自殺しか考えられない、そんな状態でしたよ。でも韓国にいるお母さんが心配で、死ぬこともできない。生きることも、死ぬこともできない状態でした。
ー一気にポーンと奈落の底に落ちてしまったような感じですね。
ジェス
本当にそんな感じでしたよ。何でも自信満 々 だった人間が、そんな状態になったんですから。これは夢に違いない、と思いましたね。こんなことが現実に起きるはずないと。ずっと文武両道、模範生だった自分が、なんでこんな目に逢うのだろうか、という感じで。
ーうわあ、本当に大変でしたよね。
ジェス
はい。ところが、自殺まで考えていた、そんなどん底の状態でも、不思議なことに心の中から自信のようなものが沸きあがってくるんですよ。「大丈夫。これを乗り越えたら祝福が待っているよ。だから頑張って生きてみて」と。そういう内なる声が聞こえてくるんです。でも頭では「無理だよ。これでどうやって生きていくんだよ!」と反発してましたけどね。頭はずっと自殺を考えているのに、心は「生きよ、生きよ」という声が聞こえてくる状態ですね。
ーへえ。
光のトンネルを走った神秘体験を通して得たこと
ジェス
私には片方の歯茎がないんですよ。ストレスで歯茎の後ろの方がものすごく腫れて、もう目が見えなくなるくらい … 。ストレスで歯茎が全部溶けちゃったんです。
ーうわあ、すごいですね。
ジェス
それはすごく痛い状態なんですが、病院にいく保険証もありませんでしたからね。でも私は長年呼吸法をやっていたお陰で、痛みをコントロールすることができたんですね。とにかく呼吸に集中しましたよ、痛みがとれるからね。
ーそうですか。
ジェス
そうして呼吸に集中している間、「この宇宙はどうやってできたんだろう」とか「光はどうやってできたんだろう」とか、そういうことに思いを巡らすようにしたんです。そうすることで、人間的ないろんな悩みや苦痛、死にたい感情などから離れるようにしたんです。それで、小さいころから知りたかった光の秘密や、宇宙を動かしているすべての力、仕組み、そういったものを知りたいと強く思うようになっていったんです。
ーほう
ジェス
それで、ある日呼吸に集中していたときに、光のトンネルの中に自分が入って、そこを強烈なスピードでずーっと走る映像が 3 時間くらい続いたんです。 3 時間というのは、意識が戻ってから計算してわかったことで、トンネルの中を通過している間は時間の感覚はありませんでした。終わりがないように思えたトンネルにもやがて丸い出口がみえてきて、「ああ、この光のトンネルにも終わりがあるんだ」と思いましたね。そして、その出口を通過しきったときに、「ああ、今宇宙を通過したんだ」というような気持ちでした。そして、自分も含めて宇宙すべての存在が全部暗闇ひとつに溶けてしまったんです。その前にも武術をやっていたときに、体全体が溶けた感覚になる、という体験があったので、「やっばりひとつだけの世界だったんだ」と。そしてその直後に、自分の体が宙返りするような衝撃を受けました。ちょうどジェットコースターに乗って、ひっくり返るような、あんな感じですよ。言葉では表現するのは難しいですが、それはほんの一瞬の出来事で、自分の意志ではどうしようもできなくて … 。そのとき、強烈な力をとてもリアルに体全体で感じました。そして、その後は、言葉にできないほどとてもスッキリした感覚と、究極に平和な状態がきました。
ーそれは不思議ですよね。
ジェス
はい。目を開けたら、周りにはすべて愛しかなくて。感動がずっと続いて、幸せが満ち溢れて、涙が止まりませんでした。それからは、どんどん答えがでてきたんですよ。無の秘密、有の秘密、存在のあり方の秘密、すべての疑問が解けていったんですね。もちろん光の秘密も。宇宙全体の仕組みを自分流に整理できる、しかもリアルなイメージで。そんな感じで、どんどんノートにまとめて、もう 300 冊くらいになるかな。だから、もうそれからはノートに整理するのが楽しみになっていったんです。もちろん最初は、自分が得たものは一体なんだったのかと思って。これは真実なのか、と何度も疑って、 3 ケ月間くらい徹底的にいろんな角度から客観的に検証しました。歴史上のいろんな宗教、思想哲学のリーダーたち、多様な学問のリーダーたちが残した言葉や思考体系がありますよね。それらすべてが、自分が経験したイメージ体系とつなげてシンプルに理解できたんです。
ーへぇ。
ジェス
その体験があってから、いろんなことがよい方向に向って、どんどん上手く回りだしたんです。
ー好転していったんですね。
ジェス
ええ。人脈的にも良い方向にいって。たとえば、般若心経を長年研究しているお医者さんとも知り合ったんですけど、その方が「 『 無 』 と 『 空]の違いがわからない」と言ったんです。その二つは同じように解釈することもあるのに、字が違うのはどうしてだろう、とね。それで私がその 2 つの違いを説明したんですが、それを聞いてとても感動してくれたんです。「もっと広めてほしい」と。それでセミナーをやることになったんです。
意識と無意識の両方の観点を自由自在に移動できる「認識テクノロジー」
ーそうですか。それからどうなったんですか?
ジェス
ええ。セミナーに参加してくれた全員が私の話を聞いてとても感動してくれましてね。理論を理解してくれたんです。それで私も、こういう考えが人に伝達できる、共有共感してもらえる、と感動したんです。その後は、宇宙の仕組みを知りたい人や、心の問題を抱えている人たちには特にこういう話を聞かせてあげたい、それが必要だ、と強く確信するようになっていったんです。だから、そういうワークやセミナーをしていこうと考えたんです。その最初が、 2001 年の 9 月だったと思います。
ーそのセミナーというのが、 3 泊 4 日のアドバンスセミナーですか?
ジェス
ええ。最初は 2 泊 3 日でした。その後、教育プログラムとして開発を重ねて、理論パートと実践パートを含めて、全部で 30 日間のプログラムになったんです。
ー 30 日間必要だったんですね。
ジェス
ええ。でもそれだと、仕事を辞めないと受けられないという問題が出てしまいます。それで、プログラム内容をさらに整理整頓して、 3 泊 4 日に凝縮したんです。実際やってみたら、その 3 泊 4 日が驚いたことに大ヒットを飛ばしたんです。たった 3 泊 4 日でも、みんな感動して本当に溶けちゃうんです(笑)。
ーそのヒットしたプログラムというのは「HITOTSU 学」のことですよね。それは能力開発のプログラムですか?
ジェス
そうですね。 2008 年 4 月で 50 回を迎えました。私たちは、認識の次元上昇によって、人間と宇宙自然が全部つながっていき、シンプルなひとつになるということを、プログラムを通して理解していただいているんですね。一つの観点に固定されている今までの認識方式と違って、観点を自由自在に移動しながら物事を認識できるようになる。だから全体のあり方がわかるんです。
それを「認識テクノロジー」と言っています。人間はみんな誰でも、常に認識して生きているんです。だから、生命活動よりもっと深いところに、実は認識活動というものがあるんです。一般的に認識は意識活動だと思われていますが、本当は意識活動と無意識活動を同時に持っているのが認識活動なんです。今までの認識方法は自然の認識で、ただパッと見てフッと思う認識ですよね。「あっ、これはコップだ」とか。そこに人間の意志は入ってない。私たちの「認識テクノロジー」は、意志というものを入れるんです。すべての存在、仕組みを一体どう理解すればいいのか。考えてみてください。私たち人間は、ありのままの世界を見ることができていますか?今見えているこの世界は、すべて可視光線の反射なんです。可視光線の角度や量の違いで、いろんな形で存在が存在するように見えてしまうんですね。だから、本当の、ありのままの存在を人間はまだ見たことがないんです。つまり、光のアートを見ているんですよ。脳のアートでもある。光の仕組みと脳の意識の仕組みがわからないと、すべての存在の秘密がわからないんです。その仕組みが、さきほどお話した体験を通して明確にわかったんです。それが「認識テクノロジー」なんです。それを 3 泊 4 日の中で段階を踏みながら説明していって、最後は皆さんが「なるほどー」となるプログラムになっています。
ーなるほど。
ジェス
今の能力開発や成功プログラムというのは、潜在意識を用いたりもしていますが、これまでネックだったのは、存在の在り方がわかっていなかった、ということなんですよ。プラス思考などの思い方や、やり方のノウハウは教えられるけれど、在り方は教えられない。光や意識がどのように生まれるのか、という光と意識の誕生メカニズム、時間・空間・存在の現象が起きるメカニズムがわからなかったから、本質的なこと、存在の在り方というものが何もわからなかったんですね。だから本当に「認識テクノロジー」は、意識活動と同じように思うこれまでの認識方式とは次元が全然違うんですよ。私たちの「認識テクノロジー」の観点からみれば、認識活動は、寝ていても死んでいても常に行われていることなんです。だから、私たちはこれからは認識革命だと言っているんです。イギリスの産業革命、アメリカの IT 革命、その次にくるものこそ、日本の認識革命とね。人類の進化の中で一番すさまじい革命を起こすものなんです。ニュートン、デカルト、アインシュタインの相対性理論、量子力学や超ひも理論、 5 次元の世界、般若心経、老子の道(タオ)の世界までも、すべてつなげて理解を深めることができるようになるんです。道目一とシステムの進歩から、意味と価値の進歩へー
ーなるほど。では、今後どのような方向を考えているのかについて、お聞きします。
ジェス
人間は今後、これまでバラバラに見えていたものの中に、共通点を見出さなければならないと思います。それは宇宙が求めていることでもあります。これからは本当に認識革命ですよ。モノを変化させる技術だけでは、物質文明は発達しますが、心、魂はスッキリしません。今、心と魂がとても苦しんでいる時代ですから。今まで人類の歴史文化文明を進歩させていったのは、道具とシステムの進歩ですね。これからは意味と価値を進歩させる「認識テクノロジー」によって、歴史と文化が成熟していくのです。
ーああ、それが今やっとわかってきてますよね。これまでは、モノが人を豊かにすると思ってずっとやってきたんだけど、実は心はもっと苦しく、寂しくなった、ということですよね?
ジェス
そうなんです。「体の人間」から「心の人間」に変わることで、人間の尊厳性の次元上昇がおきていくのです。心は物質と比べものにならないくらい柔らかいですから、心がスッキリ解放されることで、気づきや感動のセンスがどんどん回復していくでしょう。
大切なのは、心が何なのかを明確に知ること
ジェス
これからはお金の健康、名誉や権力の健康より、心の健康が人間一人ひとりを幸せにさせるのに、とても重要なテーマになっていくのです。心は無限大になれるけど、お金や権力や名誉は無限大になれません。だから、人間の欲求をお金や名誉や権力では満足させることができないのです。無限大になれるのは心です。だから欲求を満足させることができるし、スッキリ、平和、充満感、充実感を持って生きることができる。健康な心になれば、どんなに苦しくても、厳しい環境でも、希望を持って、問題や危機を突破できる人間力が発揮できるのです。だから、心が何なのかを明確に知ることが、とても大事なんです。
ー「心の人間」に変わることで、今の環境汚染の問題や、文明と文明の摩擦、貧富の格差の問題などに対して、どのように役に立つと思われているのですか?
ジェス
今まで人類は、自分が持っていないもの、無いものを得ることを通して、楽しさ、幸せ、感動を消費する生き方をやってきました。これはかなりエネルギーの浪費がひどく、環境汚染もひどくなるし、人間の摩擦衝突もひどくなって、人間の尊厳性にも深刻な危機がきています。私たちの「認識テクノロジー」は、存在のあり方を考える、理解する、そしてイメージができる、ということだけでも、毎瞬毎瞬気づきや感動、自分の存在意味や価値が充足されていくのです。これは、自然環境や他人を傷つけないままで、気づき、感動をたくさん得ることができるということです。その蓄積を通して、アイデイアや新しいチャレンジもどんどん生まれますし、コミュニケーションカもついて、人との関係もうまくいくようになります。心を健康にする「認識産業」、違う言葉で言えば「脱ストレス産業」「脱プレッシャー産業」にお金が循環する流れをつくれば、景気活性化、雇用問題の解決にもつながりますし、環境汚染の問題、地球上の多様な摩擦や葛藤を減らしていくのに、大きな貢献ができると思います。
「モノづくり」から「健康な心づくり」で世界トップの日本になってほしい
ーでは最後に、なぜ日本から「認識テクノロジー」を広げていこうとされているのでしょうか。
ジェス
「体の人間」から「心の人間」に変わるときに活躍するのは、日本文明だという確信があるんです。だからまず日本でこの「認識テクノロジー」をスタートさせたのです。日本人は、言葉ひとつ、表情ひとつにも、他人に対する配慮や思いやり、気配りがあり、それが習慣化されていて、すばらしい繊細な心を持っています。日本文明の一番の強さがそのポイントだと私はみています。だから体人間から心人間へのシフトは、「日本人の繊細な心」から、「日本人の繊細な心」によって、「日本人の繊細な心」が中心になって、世界に広げるべきだと確信しているのです。モノ作りで世界トップになった背景は、日本人の繊細な心があるからです。超一流の「Made in Japan」は、他の国には絶対真似できないんです。繊細な心の日本人だからこそ、これからは、モノづくりから健康な心づくりにチャレンジして、そこで世界トップになってほしいと思っているんです。私は繊細な日本人の心、思いやり、気配りのある心が大好きです。
ーわかりました。本日は本当にどうもありがとうございました。これからもご活躍ください。

