「お前に、俺の気持ちが分かるのか?」
そう気づいたときに「いやぁー、ちょっと待てよっ!!」って、すっごいびっくりしたんです。今までいろんな人から本当によく言われたのが「どもっていてもいいじゃん」ってセリフ。もう何十回、何百回、何千回って言い聞かれていたんですよ。
その度に思っていたことが「お前は、どもらんだろう。」だったんです。
やっぱり(どもることで)苦しみ、悲しみ、悔しさを感じるのは、その(アドバイスをくれた)人じゃなくて私なんですよね。だから「お前、俺の気持ち分かるのか?」ってずっと思っていたんですよね。
常識がひっくり返るカルチャーショック
それが初めて、掛け値なしに「どもっていてもいいんだ」って思えて、それどころか「人間の素晴らしさや可能性を全然分かってなかったじゃん」と思えて、どのぐらい自分の価値、人間の価値をこんなに小さくしている、そう見ちゃっている自分があるんだって気づいたときには、カルチャーショックというか、本当に今まで生きてきたなかの常識がひっくり返りました。
ただ、そこに行くまでには正直怖さもありました。それまでの自分の生き方がにしがみついていたので、それ(過去のイメージ)を捨ててしまえば楽なのですが、すごい怖さはありましたね。でもそれ以上の素晴らしさというか、可能性があるっていうことに気付けました。
出逢わなければ、今の私は居ない
―出会って良かったと思われてますか?
めちゃくちゃよかったですよ!(観術に)出会わなければ今の私は居ないですし、もっと人間を信じられなくなっていましたね。
表面とか建前では、いくらでも人にあわせることは出来るんですけれど、どっかで相手に対する不信感を捨て切れない出会いだったんですね。だから、相手がどんなにいい事を言っていても『最終的に、その人が私を裏切って、結果的にいいところを取っていくんだ』というイメージの根っこが捨て切れなかったと思うんですよね。