母の精神疾患がきっかけ
もとを正せば、うちの母の精神疾患があってですね、その精神疾患をどのようにすれば治るんだろう?っていう疑問が小学生時代にあったんですね。
そのことがあって、当時(精神疾患は)メジャーではないので、子供なりに探ったんです。その子供なりの解決策が神様だったんですよ。
教会に出入りして、お祈りとか一生懸命頑張ったりするんだけれど、礼拝中はいいけれども、礼拝が終わってしまったら何か自分の中に違和感があって、友達ともうまく話しができない。「おかしい・・」と思いながら教会を離れるんですよね。
心ってなに?本当のことは何でわかるの?っていうことを追求
でも、心の問題をどうにかしたいと思い、心理学とか社会学とか教育とかあらゆるものを勉強しながら「心ってなに?」「本当のことは何でわかるの?」っていうことを追求したい私がいました。
そんな中、母のことがあったので(介護の仕事で)精神疾患の人に対して訪問援助をするんですね。ピアノとか歌とかやっていたので、音楽療法っていう領域に入ることになって、その追求の中で「本当の意味で心って何?」っていうことが明確に分からないと仕事にならない、という状況がありました。
なぜなら、いま西洋文化が中心にある日本では、数値化されないものに対する観方がすごくシビアなんですよね。でも今の(科学の)現在地では限界があることも解かって、「じゃぁ、どうしよう?」っていうときに観術に出会ったんです。