私にしか撮れない写真を追求していた
当時、私の人生の最大の目的で「これを達成するか、しないか」というのが、すごい大きかったことが1つあったんです。それは、仕事で写真をしていて「如何に相手の個性を活かして、尚且つ私にしかとれない写真、オリジナリティを出せる写真を撮るにはどうしたらいいのか?」っていうのを追究していたんですよ。
オリジナリティある写真を撮ることを追求する中で「本当に相手の立場に立ちきって撮る写真だったら、相手を活かせる写真が撮れるな」って思いが腑に落ちたときがあって、「それをするにはどうしたらいいのだろう」って追求していったのが観術に出会う大きなきっかけにもなりました。
『心がオープンにならないと理想の写真は撮れない』と言われ
その頃、ある雑誌の写真を撮っている人にアドバイスを貰うため会いに行ったりしていて、その人に写真を見せたときに言われたのが「撮る側(自分自身)の心がオープンにならないとそんな写真は撮れないよ」って、はっきり言われたんですよ。
心がオープンですか?!ってことは、私は心がクローズなんだ…って結論を出して、「心をオープンにするにはどうすればいいんだろう?」ってそこから模索し始めて「心って何よ?」っていう疑問を持ちながら日々写真の仕事をしていたんです。
『ふざけるな』ってことも思った
それから少し経って、観術と出会うきっかけになった人と話す中で、どうやら私が人生の課題・目的にしているものが、観術を学んで活用することによって達成出来るんだ、という希望が持てたんですよね。
「マジでぇ?!」みたいな。私の中では、正直いってこれは人生において達成するかしないかの大きな課題だと思っていたから、それを意図も簡単に出来るよって言われて「ふざけるな」ってことも思ったし、そんな簡単に出来るよってその人が言うから「なにそれ?」って興味が湧いて聞く中で、本当に観術を学んで活用することによってそれが達成出来るんだっていう希望が見えたんですよ。