600人のメディア事業部をまとめる中で、毎日のようにトラブルがあった
やっぱりライブドア事件ですね。
当時いろいろな限界があったんですけれども、その頃は600人のメディア事業部をまとめる中で毎日のようにトラブルがあったんです。限界は3つあって、1つは個人情報保護法、1つはマネジメントの問題、あと1つが今でいうCSRとか社会との関わりなんです。
個人情報保護法ができたときに、結論から言うと、解決策って恐怖か愛情かどっちかしかないと思ったんです。いろんな法律とか仕組みを造って恐怖で管理する。例えば「情報を持ち出したら、あなたこんな目に遭いますよ」と脅しを掛けるか、持ち出そうという気持ちを無くすか。
結局、人間が作った仕組みなんて人間が工夫すれば突破出来るんです。個人情報を持ち出そうとする動機は、会社に対する恨みとか上司に対するわだかまりとか、そういったものを解かない限りは絶対違う形で何かをするな、と。これをなんとかしたかった。
多様な存在と価値観をどのように活かし合うのか?それが非常に限界だった
もう1つは査定のルールを作るとき。組織をマネジメントするときに、例えばメディア事業部に600人いれば、みんな言うことがバラバラで、多様な価値観がある。価値観が沢山あっていいんですけれども、その中に子会社が3~4社入っている中で、査定って『1つの判断のモノサシ』を作って、「このモノサシに照らし合わせたら、あなたの価値はいくらです」って決めないといけないんですね。
営業でもマーケティングでも人事でもプログラマーでもデザイナーでも、いろんな仕事によって計るべき判断の基準って違って当然なのに、人間だったら、『人間の価値』ってそんな簡単に計れないのに、でも会社ではモノサシを決めて、「このモノサシで計ったらあなたの値段いくらです」って決め付けないといけない。
それに対して、いろんな意見が360度あって、それぞれ一理ある。その中で意見と意見がぶつかり合う、それが一つに融合出来ない。「これが1つに融合できたら宗教できるな」って思ったほどです。逆に宗教みたいに1つにまとめても問題で、この多様な存在と価値観をどのように活かし合うのか?それが非常に限界でした。
感情の反発も含めて社会からNOされたのがライブドア事件
あとは日本放送の買収とか選挙、球団のことも含めて、既得権益に抵抗しながらいろいろな事業をやるなかで、本当に感じたのが、この世の中と繋がるなかで(企業も個人も一緒ですけれども)「あなたたちはいったい何をしたいのか?」、「この社会をどのような方向に持っていきたいのか?」そして「どうやってこの私を幸せにしてくれるんですか?」という質問がくるんです。
いろいろな事業を通じて、あるいは活動を通じて、究極的に来るのは「あなたはどうしたいの?」「私をどうやって幸せにしてくれるのか?」これを突き付けられたときに、個人としても会社としても本当に深い哲学的な答えがある状態で、自分の在り方も伴ってその提案をしていかないと、いくらきれい事を言っても共感は得られないし、感情の反発も含めて社会からNO(ノー)されたのがライブドア事件だったって感じていました。
個人の心の問題(個人情報保護法)そして2つ目にマネジメントや査定のルールを含めて、如何にこの多様性を活かしながら、ぶつかりあう意見を活かしながらその和を創るのか、3つ目にそういった会社・人の集まりが、この社会とどう疎通しながら新たなビジョンに向かっていけるのか?そこが繋がるような答えが欲しかったんです。